<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?><rdf:RDF xmlns:rdf="http://www.w3.org/1999/02/22-rdf-syntax-ns#" xmlns="http://purl.org/rss/1.0/" 
			xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/" xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/" 
			xmlns:cc="http://web.resource.org/cc/" xml:lang="ja">
<channel rdf:about="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/?xml">
<title>久左衞門の居館 ・ 相州逗子からの「自然と人生」</title>
<link>http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/</link>
<description>相州逗子の海と山と川、逗子･葉山及び其の周邊の歴史、そして日々の暮らしの中の些事などに就いて、細々と綴つて參ります。</description>
<dc:language>ja</dc:language>
<items>
<rdf:Seq>
<rdf:li rdf:resource="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-57.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-56.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-55.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-54.html" />
<rdf:li rdf:resource="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-53.html" />
</rdf:Seq>
</items>
</channel>
<item rdf:about="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-57.html">
<link>http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-57.html</link>
<title>夕映えの冨士と、漂泊の大型客船 ～ 太陰太陽暦九月二十日の逗子海岸夕景</title>
<description> 今日の夕方、散歩で逗子海岸に出てみると、葉山沖と覺しき邊りに大型客船が泊つてゐた。葉山御用邸に畏き邊りの方々が滞在されて居られる時などは、海上保安廰の巡視船艇や警察の警備艇などが葉山沖を遊弋したりしてゐる事は、往々にしてある事である。また、ヨツト･レースなどが開催される場合などには、海面警備の協力の爲に海保の巡視艇や海自の掃海艇などが相模灣で海面警備に當たつてゐるのを目にする事も、時折は有る。しか
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/200911062344462a6.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/200911062344462a6.jpg" alt="211106_逗子海岸夕景 (14)" border="0" width="480" height="640" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/2009110623480033f.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/2009110623480033fs.jpg" alt="211106_逗子海岸夕景 (1)" border="0" width="360" height="270" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/20091106235110e57.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/20091106235110e57s.jpg" alt="211106_逗子海岸夕景 (8)" border="0" width="360" height="270" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/200911062353082c7.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/200911062353082c7s.jpg" alt="211106_逗子海岸夕景 (4)" border="0" width="360" height="270" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/2009110623561209d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/2009110623561209ds.jpg" alt="211106_逗子海岸夕景 (13)" border="0" width="360" height="270" /></a><br /><br /><br /><span style="font-size:large;"><br />今日の夕方、散歩で逗子海岸に出てみると、葉山沖と覺しき邊りに大型客船が泊つてゐた。<br /><br /><br />葉山御用邸に畏き邊りの方々が滞在されて居られる時などは、海上保安廰の巡視船艇や警察の警備艇などが葉山沖を遊弋したりしてゐる事は、往々にしてある事である。<br />また、ヨツト･レースなどが開催される場合などには、海面警備の協力の爲に海保の巡視艇や海自の掃海艇などが相模灣で海面警備に當たつてゐるのを目にする事も、時折は有る。<br /><br />しかし、大型客船を逗子･葉山の海岸から目にする事は、結構珍しい事である。<br />今日は、何が有つたのであらうか。<br /><br /><br />相模灘を逗子葉山の海岸から見れば仲々に綺麗であるのは此處ら邊りの住人の自慢でもあるが、だが沖合いから三浦半島や江ノ島を見る分には、他と比べて特に大した景勝だとも思はれぬ。<br /><br />只、今日の夕燒けはまことに美しく、夕映えに浮かび上がる富士の嶺の姿も實に綺麗であつた。<br />或ひは、「相模灘越しに富士山を拜するクルーズ」でもしてゐたのであらうか？<br /><br /><br />夏場なのであれば陽が沈んで後も暫くは見事な夕映えを目にする事が出來るが、「秋の落日は釣瓶落とし」の言葉の如く、太陰太陽暦でも九月末の今頃は日没後は忽ちの内に夕闇が迫り、あつと云ふ間も無く暗くなつてしまふ。<br /><br />日没と同時に江ノ島燈臺は光り始め、客船は停泊燈を點燈した。船のマストの間には、電燈が飾り付けられて輝いてゐるのが見える。<br /><br /><br />今日も亦、日が没すると程無く、宵闇が迫つて來た。<br />宵闇が迫る頃、其の大型客船は動き始め、鳴鶴崎の陰に其の姿を隱してしまつた。<br /><br />もう港に歸つて行つたのかと思ふてゐたら、歸途に就くべく西濱に向けて再び歩み始めた私の視界に、初めの位置よりも稍南寄り、秋谷沖か佐島沖邊りと覺しき邊りの海の上に、其の客船は船室の燈火を煌かしつつ、猶も漂ふてゐた。<br /></span> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>逗子周邊の風景</dc:subject>
<dc:date>2009-11-06T23:59:20+09:00</dc:date>
<dc:creator>久左衞門</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-56.html">
<link>http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-56.html</link>
<title>「網膜黄斑變性症」、再び。</title>
<description> 　昨年の年末も近い頃、左目の見え方に異常を感じて受診したところ、「突發性浸出型黄斑變性症」との診斷を受け、二箇月ほどに亙つて投藥治療を受け續けて、何とか恢復した。然るに、先週邊りからＰＣ畫面が嫌にチカチカして見えるやうになり、そして又、視野の中心邊りが妙に暗くなり、細かい字が見え難くなつた。何と無く、嫌な豫感がした。前回の時の「黄斑變性症」の初期症状と、ほぼ同樣な症状である。しかし、先週から今週に
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ <span style="font-size:large;"><br />　<br />昨年の年末も近い頃、左目の見え方に異常を感じて受診したところ、「突發性浸出型黄斑變性症」との診斷を受け、二箇月ほどに亙つて投藥治療を受け續けて、何とか恢復した。<br /><br /><br />然るに、先週邊りからＰＣ畫面が嫌にチカチカして見えるやうになり、そして又、視野の中心邊りが妙に暗くなり、細かい字が見え難くなつた。<br />何と無く、嫌な豫感がした。<br />前回の時の「黄斑變性症」の初期症状と、ほぼ同樣な症状である。<br /><br />しかし、先週から今週に掛けては幾つか所用が入つてゐたのと、偶々手が空いてゐる日は休診日であつたりして、中々眼科醫院に受診に行く事が出來なかつたのだが、昨日になつて漸く、掛り付けの眼科病院に行つてきた。<br /><br /><br />今回は、昨年の症例よりは視界中心附近の「翳」は薄いものの、細かい字はより見難く、そして若干見え方に「歪み」を感じてゐた。<br /><br />今回の診療では、先生も前回の症状から概ね見当が付いてゐたのであらう事と、患部は網膜中心部附近だと推測された故であらう、昨年の時のやうに瞳孔を開かせる眼藥は差される事無く、診療室に招じ入れられると直ぐに、眼底鏡（？）で眼ン玉の底を覗き込まれた。<br /><br />診斷は、前回の「黄斑變性症」の再發、眼底の網膜に出てゐる「浮腫み」の範圍が前回よりもやや廣いとの事であつた。そして、浮腫が前回よりも僅かに厚いことから、視野に「歪み」が生じてゐるらしい。<br />實際、眼科の先生から見せられた眼底鏡に映つた自分の目玉の底には、ものの見事に浮腫が浮かび上がつて見えてゐた。<br /><br />どうやら、前回の病巣部分附近が黄斑變性の「巣」となつて治り切つて居らずに、再びストレスと眼の酷使とに據つて症状が再發したもののやうである。<br />前に一旦發症したのが、一種の「癖」となつてしまつてゐるやうである。<br />症状自體は一旦は収まつても、ストレスと眼の酷使などのちよつとした刺激で、黄斑變性と云ふものは何度も誘發されるもののやうだ。<br /><br />取敢ずのところは、今回も當分は投藥治療しつつ、經過を観察して樣子を觀るとの事。<br />又もや、一日三度･毎食後の「消炎劑」及び「血流促進劑」の御世話となる羽目となつた。･･････やれやれ。<br />どうしても藥だけでは収まり切れない場合には、最惡、レーザーで「燒き付ける」治療法も有り得るとも聞いた。「レーザー」と聞くと、何だか剱呑な気がする。子供の頃に刷り込まれた「殺人光線」のイメーヂが、どうしても抜け切れないのだ。なるべくならば、レーザーの御世話にはなりたくないものだ。<br /><br /><br />ところで、何故だか知らぬが、私は足を痛めるのも痛風を發症したのも眼を病むのも、悉くが左半身ばかりである。<br />さては、過去世に於いても私は亂暴極まる荒武者であつて、幾度も左足やら左目やらに矢疵でも受けてゐた事でも有つたのか･･･？<br /><br />眞逆、極端な視力低下や失明にまでは到るまいが、もしも假に左目に此の先の一生涯不自由を負ふ事となつたとしても、其の時には、もしかすれば常人には見えぬものが見えるやうになるやも知れぬ、などと不敵にも潜に思ふてゐるのだ。<br /><br />それに見よ、昭和の御代に在つても、昭和維新運動の中心周邊に「隻眼の魔王」が居たではないか。<br /><br /><br />まあ、冗談は兎も角、「孝經」に曰く「身體髪膚、之レ父母ヨリ受ク、敢テ毀傷セサルハ、孝之始メ也」なのであるから、精々自重して養生したいとは考へてゐる。<br />　<br /></span> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>身邊雑記</dc:subject>
<dc:date>2009-11-06T20:21:44+09:00</dc:date>
<dc:creator>久左衞門</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-55.html">
<link>http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-55.html</link>
<title>またも歸幽奉告 ～ 「見送る」と云ふこと。</title>
<description> 　この三月の初めに母方の祖母が逝つたばかりだと云ふのに、去る十月二十九日には父方の大叔母が亡くなつた。突然の訃報に非常に驚かされたし、また、未だ御元氣なうちにもつと努めて會つて置くべきだつたかとも悔やまれる氣持ちも有る。外祖母も大叔母もどちらも、直前まで元氣であつたのが急に具合が惡くなつて、殆ど苦しむ事も無く靜かに逝つてしまつた。｢生者必滅･會者定離｣は現世の理だとは申せ、何とも無情なものである。亡
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ <a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/20091102012456ded.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/20091102012456ded.jpg" alt="一遍上人･念佛仏札" border="0" width="126" height="505" /></a><br /><br /><br /><span style="font-size:large;"><br />　<br />この三月の初めに母方の祖母が逝つたばかりだと云ふのに、去る十月二十九日には父方の大叔母が亡くなつた。<br />突然の訃報に非常に驚かされたし、また、未だ御元氣なうちにもつと努めて會つて置くべきだつたかとも悔やまれる氣持ちも有る。<br />外祖母も大叔母もどちらも、直前まで元氣であつたのが急に具合が惡くなつて、殆ど苦しむ事も無く靜かに逝つてしまつた。<br />｢生者必滅･會者定離｣は現世の理だとは申せ、何とも無情なものである。<br /><br /><br />亡くなつた大叔母は、父も疎開してゐた頃に未だ若かつた大叔母から實の母も及ばぬ程に可愛がつて貰つたと聞いてゐるし、その父の息子である私自身も孫も同然に目を掛け可愛がつて頂いた。<br />本當に心の底から優しく、そして幾つになつても、かなりの御歳になつても、何處か可愛らしさの有る大叔母であつた。<br /><br />祖父は私が未だ小學生の頃に亡くなつてゐたのだが、祖父亡き後、私を當家の將來の跡取りと思つてか、當家先祖代々の事跡や由來などに就いて、細々と教えて下さつた。<br />私が、我が家の祖先に就いて色々と知り得たのも、今は亡き大叔母の御蔭であつたと、深く感謝してゐる。<br /><br /><br />外祖母にしても大叔母にしても、いづれも九十近い高齢であつたし、また長患ひもする事無く、最近の言葉で謂ふのならば文字通りに「ピンピン･コロリ」であつた、まづは「大往生」であつたとも謂へやうが、二人が二人とも幼き頃の私をこよなく可愛がり慈しんで呉れた頃の事を思ふと、何とも例へやうも無く寂しく感じてならない。<br />悲しいとか云ふよりも、何だか無性に寂しい。<br /><br /><br />昔聽いた歌の歌詞の一節を、ふと思ひ出す。<br /><br />～出逢へる人の數よりも尚、別れる人の數が増えてきた<br />　　　いつかは來る今日と云ふ日を、いつかは來ると知つてゐた～<br /><br /><br />何だか最近、拙宅の神棚に歸幽奉告をしてばかりゐるやうな氣がする。<br />そして、六字稱名の御念佛と觀音經の讀誦と･･･。<br /><br /><strong><br />六字之中　元無生死<br />一聲之間　即証無生<br />　　　　　　　　　　（一遍上人）<br /></strong><br /><br />南無阿彌陀佛･･･（合掌）<br />　<br /></span> ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>近頃思ふこと</dc:subject>
<dc:date>2009-11-01T23:45:03+09:00</dc:date>
<dc:creator>久左衞門</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-54.html">
<link>http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-54.html</link>
<title>關門海峽での海自護衛艦「くらま」･韓國コンテナ船の衝突･火災事故を考察する 《資料編》</title>
<description> 　◎　關係法規等･ 「海上衝突予防法」（昭和52年6月1日法律第62号）　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S52/S52HO062.php ）･ 「海上衝突予防法施行規則」（昭和52年7月1日運輸省令第19号）　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S52/S52F03901000019.php ）･ 「港則法」（昭和二十三年七月十五日法律第百七十四号）　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S23/S23HO174.php ）･ 「港則法施行規則」（昭和二十三年十月九日
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 　<br />◎　關係法規等<br /><br />･ 「海上衝突予防法」（昭和52年6月1日法律第62号）<br />　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S52/S52HO062.php ）<br />･ 「海上衝突予防法施行規則」（昭和52年7月1日運輸省令第19号）<br />　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S52/S52F03901000019.php ）<br />･ 「港則法」（昭和二十三年七月十五日法律第百七十四号）<br />　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S23/S23HO174.php ）<br />･ 「港則法施行規則」（昭和二十三年十月九日運輸省令第二十九号）<br />　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S23/S23F03901000029.php ）<br />･ 「関門海峡における航法（関門海峡海上交通センター）」<br />　　（ http://www6.kaiho.mlit.go.jp/kanmon/others/kouhou.htm ）<br />･ 「海上交通安全法」（昭和47年7月3日法律第115号）<br />　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S47/S47HO115.php ）<br />･ 「海上交通安全法施行規則」（昭和48年3月27日運輸省令第9号）<br />　　（ http://hourei.hounavi.jp/hourei/S48/S48F03901000009.php ）<br /><br /><br />◎　關聯報道記事<br /><br />（以下引用）<br />海自護衛艦衝突　関門海峡で韓国コンテナ船と　双方で火災<br />10月27日20時47分配信 毎日新聞<br /><br />　２７日午後７時５６分ごろ、北九州市門司区と山口県下関市の間の関門海峡で、２隻の船が衝突し火が出ていると、第７管区海上保安本部に通報があった。７管によると、海上自衛隊の護衛艦「くらま」（柏原正俊艦長、５２００トン）と、韓国船籍のコンテナ船「カリナスター」（７４０１トン）で、両船で火災が起きた。くらまは艦首付近に弾薬庫があるが、引火の恐れはないという。<br />　７管によると、くらまの乗員２９７人のうち見張り員３人が軽傷を負い、コンテナ船の乗員１６人（韓国人１２人、ミャンマー人４人）にけがはないという。<br />　衝突現場は関門橋の近くで、くらまの艦首部分とカリナスターの右舷前方が衝突した。くらまは艦首が大破し、ペンキ缶などを入れた倉庫付近から出火。カリナスターは船首の右に穴が開き、積み荷のコンテナが燃えたという。いずれも浸水はない。<br />　事故当時は晴れて風は弱く、視界は３～４キロ、潮流は東から西に向かっていた。コンテナ船は午後８時２２分に自力で消火。くらまは近くの巌流島沖に停泊し、門司海上保安部などが消火に当たっている。７管は午後８時に関門航路を閉鎖し、船舶の通行を禁止。午後１０時現在、約５０隻が海峡の東西両方向で待機している。<br />　海上自衛隊佐世保地方総監部などによると、くらまは２５日に神奈川県相模湾沖であった海自の「観艦式」に参加。２６日午後０時２１分に海自横須賀基地を出港し、２８日に佐世保基地に帰港予定だった。観艦式では、菅直人・副総理が乗艦した。<br />　コンテナ船は韓国・釜山港から大阪に向かう途中だったという。<br />　くらまは９１年５月にも、山口県沖の伊予灘でタンカーと接触事故を起こしている。【木村哲人、佐藤敬一】<br /><br /><br />海自護衛艦とコンテナ船が衝突、双方炎上　関門海峡<br />2009年10月27日22時36分 朝日新聞<br />　　<br />　防衛省海上幕僚監部に入った連絡によると、２７日午後７時５６分ごろ、本州と九州の境にある関門海峡で、海上自衛隊の護衛艦「くらま」（艦長・柏原正俊１等海佐、５２００トン）とリベリア船籍の韓国のコンテナ船「カリナスター」（７４００トン）が衝突、双方が炎上した。「くらま」側に負傷者が３人出ているという。 <br />　第７管区海上保安本部によると、「カリナスター」は午後８時３５分ごろ鎮火したといい、けが人や油漏れの情報は今のところない。 <br />　「カリナスター」はコンテナを韓国・釜山から大阪に運んでいる途中だったという。 <br />　防衛省によると、「くらま」は艦首部分が激しく損傷し、炎上しているという。消火作業の際に乗員１人が右足にすり傷を負った。このほか２人が煙を吸って気分が悪いと訴えているという。 <br />　「くらま」は長崎県の佐世保基地の第２護衛隊群に所属するヘリ搭載型護衛艦で、進水は７９年。２５日に神奈川県の相模湾であった観艦式に参加したのち佐世保に戻る途中で、２９６人が乗っていた。 <br />　下関地方気象台によると、午後８時ごろの関門海峡の天候は快晴で風はほとんどなかったが、空気の乾燥のため乾いた微粒子が空気中に浮いて視程が妨げられる「煙霧」の状況にあったという。ただ、防衛省側は「くらま」からの情報として「視界も３～４キロで悪くはなかった。波もほとんどなかった」としている。 <br />　北沢俊美防衛相には、海上幕僚監部から午後８時１０分ごろ衝突の一報が報告された。<br /><br />【ことば】<br />▽くらま▽　１９７９年に進水したヘリコプター搭載型護衛艦。全長１５９メートルで排水量５２００トン。これまでテロ対策特別法に基づくインド洋派遣などを行ってきた。海上自衛隊の第２護衛隊群（佐世保基地）に所属する。<br /><br /><br />護衛艦積載のペンキに引火か　艦首部分に大量保管<br />2009年10月28日15時8分 朝日新聞<br />（ http://www.asahi.com/national/update/1028/TKY200910280245.html ）<br /> <br />　関門海峡で２７日夜、海上自衛隊の護衛艦「くらま」と韓国籍のコンテナ船「カリナスター」が衝突した事故で、「くらま」の艦首部分に積んであった大量のペンキに引火し、激しく炎上した疑いがあることが、防衛省や海上保安庁への取材でわかった。防衛省は出火の経緯などを詳しく調べる。<br />　事故は２７日午後７時５６分ごろ発生。「くらま」（艦長・柏原正俊１等海佐、５２００トン、乗組員２９７人）と「カリナスター」（７４０１トン、乗組員１６人）が衝突し、双方が炎上した。「くらま」の乗組員計６人が資材の運搬中に転倒したり、消火作業中に煙を吸い込んだりして負傷。このうち４人が病院に運ばれたが、いずれも症状は軽いという。<br />　「くらま」は艦首部分から激しく炎上し、２８日午前６時半ごろようやく鎮火した。鎮火までに約１０時間半かかった。「カリナスター」は約４０分後に鎮火した。<br />　海上幕僚監部によると、「くらま」は艦首部分に船体や甲板を塗り直すためのペンキ缶やペンキを塗ったはけなどを洗うためのシンナーを積んでいたとされる。海自の艦船や海保の巡視船などは船体の腐食を防ぐためペンキを積んでおり、航海の途中や停泊時に乗組員らが塗装している。<br />　「くらま」は２５日に神奈川県の相模湾で実施された観艦式に参加。外遊中だった首相の臨時代理として訓示した菅直人副総理ら要人が乗艦して部隊を視察した「観閲艦」だった。観閲艦になった場合や指揮官の交代式などの前には、艦全体が塗り直される「全塗装」が実施されることが多く、大量のペンキなどを積んでいた可能性があるという。<br />　２７日夜の防衛省の記者会見で、海自トップの赤星慶治海上幕僚長も火災の原因として「衝突した付近にペンキ缶を保管している倉庫がある。火災の可能性として推測できる」などと話した。<br />　艦首部分にはいかりを操作する機器の配線があり、ある海自幹部は「衝突の際、配線から出火した可能性もある」と推測している。<br /><br /><br />貨物船の船長「追い越そうと左にかじ」　関門海峡衝突<br />2009年10月28日17時3分 朝日新聞<br />（ http://www.asahi.com/national/update/1028/SEB200910280013.html ）<br /> <br />　福岡と山口の県境にある関門海峡で２７日に起きた海上自衛隊の護衛艦「くらま」と韓国船籍のコンテナ船との衝突事故で、コンテナ船の韓国人船長（４４）が２８日、朝日新聞の取材に対し、「前にいた船のスピードが遅く、追い越そうと左にかじを切ったら、（自衛隊の）船が来た」と語った。第７管区海上保安本部も同様の情報を把握。コンテナ船の無理な追い越しが事故につながった可能性があるとみて、業務上過失往来危険の疑いで同日、それぞれの船の現場検証を始めた。乗組員から事情を聴くなどして事故原因の究明を進める。<br />　コンテナ船の船長は２８日朝、「前の船が、スピードが遅かった。前の船をよけようと追い越した」と追い越した理由を話した。<br />　一方、コンテナ船を運航する東暎海運（ソウル）の担当者は朝日新聞の取材に「船長からの報告書では、関門地域の管制室に前の船を右から追い越すと伝えたら、『左を追い越せ』と指示が出た。左に向きを変えたら、衝突した」。これに対し、７管幹部は「狭く湾曲した関門橋近くで追い抜きを指示することは、まずあり得ない」と話している。<br />　北沢俊美防衛相は２８日の記者会見で、「コンテナ船との衝突を回避するため、（エンジンの）逆進をかけたが間に合わなかった」と状況を説明した。 <br /><br />　事故は２７日午後７時５６分ごろ発生。護衛艦「くらま」（艦長・柏原正俊１等海佐、５２００トン、乗組員２９７人）と韓国船籍のコンテナ船カリナスター（７４０１トン、乗組員１６人）が衝突し、双方が炎上した。７管によると、「くらま」の乗組員計６人が負傷した。<br />　航路が狭く潮流の速い関門海峡では無理な追い越しなど危険な航行は禁じられてはいるが、対向船を避けられるなど、安全を確認した上で、警笛を鳴らして周囲に知らせれば、追い越しは認められる。７管は詳しい航跡を調べる。<br /><br /><br />韓国船船長「前の船追い越そうと護衛艦と衝突」<br />10月28日11時29分配信 読売新聞<br /><br /> 　関門海峡で２７日夜、海上自衛隊の護衛艦「くらま」（艦長・柏原正俊１佐）と韓国のコンテナ船「カリナ・スター」が衝突した事故で、海上保安庁の運用管制官がコンテナ船に前の船舶を追い越すよう指示を出し、その後、コンテナ船が追い越しをしている最中にくらまと衝突していたことが分かった。<br />　また、第７管区海上保安本部（北九州市）は、業務上過失往来危険容疑などで両船の捜索令状を取り、２８日午前から捜索を始めた。<br />　コンテナ船「カリナ・スター」の運航会社である東暎海運（本社・ソウル）の担当者は２８日、「船長からは、前の船を追い越そうとした際、（関門海峡の）航行管制所から、（通常取るべき航路の）右側でなく左側から追い越すよう指示され、左側から追い越そうとした最中に衝突した、との報告を受けている」と話した。<br />　関門海峡を通行する船舶への情報提供などは、海上保安庁の関門海峡海上交通センターが行っている。海保幹部は「センターの運用管制官が、指示を出したのは事実だが、それが適切だったかどうかは現在、確認中だ」と話した。<br />　防衛省や海保によると、現場は東から西に向かって緩やかな潮流があり、コンテナ船が左に出た際に、潮流の影響で戻りきれず、右船首部分が前から来たくらまと衝突した可能性があるという。コンテナ船は右舷の船首から５～６メートルの場所に大きな損傷があった。<br />　一方、くらまの柏原艦長は、衝突直前に海保から「民間船が近づいている」との連絡を受け、艦首付近の隊員に退避命令を出していた。柏原艦長は「停止のために逆進をかけたが間に合わなかった」と話しているという。北沢防衛相が２８日の会見で明らかにした。<br />　くらまは事故当時、乗組員ほぼ全員が配置につく「総員配置」で、甲板上などにも１０人以上の見張り員が配置されていた。<br />　くらまは事故から１０時間以上経過した２８日午前６時３０分ごろに鎮火したが、乗員１人が足に軽い裂傷を負い、ほかにも５人が煙を吸うなどの軽症。７管は、くらまやコンテナ船の乗組員から詳しく話を聞き、事故の原因などについて調べる。<br /><br /><br />海自護衛艦と衝突の船長「左側追い越しと管制指示」<br />2009/10/28 15:26 KST  聯合ニュース<br />（ http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2009/10/28/0400000000AJP20091028003000882.HTML ）<br /><br />　【東京２８日聯合ニュース】韓国籍のコンテナ船「カリナ･スター」が日本の関門海峡で海上自衛隊護衛艦「くらま」と衝突した事故に関連し、同船をチャーター・運営している東暎海運のアン・ジェウ課長は２８日、聯合ニュースの取材に対し「カリナ･スターは関門海峡を通過中、前方の第三の船舶を追い越そうとしていたところ、護衛艦と衝突したとの報告を船長から受けた」と明らかにした。<br />　船長によると、当時カリナ･スターは現地港湾管制所から、右側ではなく左側から第三の船舶を追い越すよう指示を受けたという。アン課長は「船長との電話で、こちら側に過失はないと承知しているが、詳しいことは調査してからでなければ分からないため、現在としては、どちらの過失なのか把握は難しい」と話した。<br />　日本の海上保安本部は、「くらま」と「カリナ・スター」双方に、業務上過失往来危険の疑いで令状を発布し、事故の経緯を調べている。<br />　「カリナ･スター」の船主は南星海運で、東暎海運はこれをチャーターし輸出貨物などを運送している。<br /><br /><br />海保側「左を追い抜いて下さい」衝突前、韓国船に伝達<br />2009年10月29日0時2分 朝日新聞<br />（ http://www.asahi.com/national/update/1028/SEB200910280050.html ）<br /><br />　福岡・山口県境の関門海峡で起きた海上自衛隊の護衛艦「くらま」と韓国船籍のコンテナ貨物船カリナスターの衝突事故で、海上保安庁の管制機関がコンテナ船に、前を運航していた貨物船を「左から追い越す」よう伝えていたことが２８日分かった。第７管区海上保安本部（北九州市）が明らかにした。７管は「管制機関は護衛艦の接近情報も提供した」と説明している。<br />　情報伝達後、コンテナ船と前方から向かってきた「くらま」が急接近し、管制機関が注意を促した直後に事故が起きたことも判明した。現場の航路は右側通行で、左から追い越すと、向かってくる船に近づくことになる。コンテナ船の運航会社は「管制室から『左を追い越せ』と指示が出た。左に向きを変えたら衝突した」と説明している。<br />　７管は管制機関の情報提供について「指示や命令ではなく、あくまで助言。援助措置で、従うかどうかは船長の判断」と説明しつつ、「事故原因につながった可能性は否定できない」と話している。<br />　管制機関は関門海峡海上交通センター（北九州市）。７管の直属組織で、関門海峡を運航する船舶に安全上必要な情報を提供している。<br />　７管によると、センターとコンテナ船などとのやりとりは事故の約４分前から始まった。まず、コンテナ船が前を進んでいた貨物船に接近したため、貨物船からセンターに「（コンテナ船に）左を追い抜いてもらいたい」との連絡が入った。センターはコンテナ船に「左を追い抜いて下さい。前方から自衛艦が来ているので気をつけて」と情報を提供。「了解」との返事があったという。<br />　センターはさらに、前方の貨物船に右に寄るよう伝え、「安全と判断した」という。<br />　その後、コンテナ船と「くらま」が急接近したため、センターは「くらま」に「非常に接近しています。注意を」と呼びかけ、その数十秒後に衝突事故の連絡が入った。<br />　２８日に記者会見した北沢俊美防衛相の説明などによると、「くらま」は海峡通過にあたり、乗組員全員が見張りなどにつく「総員配置」の態勢を取り、甲板上にも隊員を置いた。艦長は見張りの隊員らからコンテナ船接近の報告を受けた。海上交通センターからも「近接している船があるが大丈夫か」と連絡が入ったという。艦長は「衝突回避のため急減速の措置をとったが間に合わなかった」と聞き取り調査に説明したという。<br />　７管は同日、両船を業務上過失往来危険の疑いで現場検証して事故原因の究明に着手し、両船の航海日誌などを押収した。レーダー機器の記録などから詳しい航跡などを分析する方針だ。<br /><br /><br />関門海峡・護衛艦衝突：管制官助言後に衝突　韓国船に「左側追い越して」<br />毎日新聞　2009年10月29日　東京朝刊<br />（ http://mainichi.jp/select/jiken/news/20091029ddm041040127000c.html ）<br /><br />　海上自衛隊の護衛艦「くらま」（５２００トン）と韓国船籍のコンテナ船「カリナスター」（７４０１トン）が関門海峡で衝突した事故で、「関門海峡海上交通センター」（北九州市）の運用管制官が、カリナスターに前方の貨物船を左側から追い越すよう助言した後、対向の「くらま」と衝突していたことが分かった。第７管区海上保安本部は、交信が事故の一因になった可能性もあるとして管制官から当時の状況について事情聴取する方針。<br />　７管によると、両船が衝突したのは２７日午後７時５６分ごろ。その直前、東方向へ移動するコンテナ船の前を、パナマ船籍の貨物船「クイーン　オーキッド」（９０４６トン）が同方向へ航行していた。<br />　管制官は、両船と衝突約４分前から交信を開始。貨物船に「Ｃ号（コンテナ船）が接近している。注意してください」と喚起すると、貨物船は「了解。左側を追い越させます」と応答した。管制官はさらに貨物船に右側へ寄るように告げ、コンテナ船には「貨物船が右側に動いています。左側を追い越してください」と伝えた後、くらまと衝突した。<br />　事故の直前に、管制官はくらまに「Ｃ号が異常に接近しているようです」と交信。くらまは衝突後、「接触しました」と報告した。<br />　「関門海峡海上交通センター」は７管の下部組織で、海峡を通過する船舶に安全情報を提供している。７管の野俣光孝次長は２８日夕の会見で、管制官との交信が事故原因となった可能性を認めたうえで「（管制官の行為は）情報提供であり、法的にも指示する権限はセンターにない。従う義務もなく、追い越すかどうかは船長の判断」と説明した。一方、過失の有無については「捜査の進展があるので、価値判断するのは適切ではない」と述べるにとどめた。【木村哲人、河津啓介】<br /><br />◇　１０時間半後、鎮火<br />　また、「くらま」は艦首部分が激しく燃え、発生から約１０時間半後の２８日午前６時半ごろ鎮火した。艦首部分にはペイント庫があり、衝突時に発生した火がペンキなどに引火し、長時間にわたって燃え続けたとみられている。【河津啓介】<br />（以上、引用終り）<br />　 ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>海軍文化</dc:subject>
<dc:date>2009-10-29T22:57:40+09:00</dc:date>
<dc:creator>久左衞門</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
<item rdf:about="http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-53.html">
<link>http://kyuhzaemon.blog114.fc2.com/blog-entry-53.html</link>
<title>關門海峽での海自護衛艦「くらま」･韓國コンテナ船の衝突･火災事故を考察する</title>
<description> 　･ コンテナ船と衝突して艦首を損傷し、火災を起こした護衞艦「くらま」･ 衝突時の状況想像圖及び衝突事故現場の位置概要･ 護衞艦「くらま」の艦首部の損傷状況（二枚）･ コンテナ船「カリナ・スター」の右舷前部の損傷状況（二枚）　　去る１０月２７日の１９５６ｉ頃、關門海峽の最狹部である早鞆瀬戸･關門大橋の東方約２００ｍ附近に於いて、海上自衛隊の護衛艦「くらま」（基準排水量：５２００ton）と韓國船籍のコンテナ船「
 </description>
<content:encoded>
<![CDATA[ 　<br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/2009102922381140f.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/2009102922381140fs.jpg" alt="コンテナ船と衝突して艦首を損傷し、火災を起こした護衞艦「くらま」" border="0" width="360" height="240" /></a><br />･ コンテナ船と衝突して艦首を損傷し、火災を起こした護衞艦「くらま」<br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/2009102922403531d.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/2009102922403531ds.jpg" alt="衝突時の状況想像圖及び衝突事故現場の位置概要" border="0" width="360" height="190" /></a><br />･ 衝突時の状況想像圖及び衝突事故現場の位置概要<br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/20091029224215291.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/20091029224215291s.jpg" alt="護衞艦「くらま」の艦首部の損傷状況 １" border="0" width="360" height="239" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/200910292244257c0.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/200910292244257c0s.jpg" alt="護衞艦「くらま」の艦首部の損傷状況 ２" border="0" width="240" height="360" /></a><br />･ 護衞艦「くらま」の艦首部の損傷状況（二枚）<br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/20091029224555982.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/20091029224555982s.jpg" alt="コンテナ船「カリナ・スター」の右舷前部の損傷状況 １" border="0" width="360" height="239" /></a><br /><br /><a href="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/200910292247156bf.jpg" target="_blank"><img src="http://blog-imgs-12.fc2.com/k/y/u/kyuhzaemon/200910292247156bfs.jpg" alt="コンテナ船「カリナ・スター」の右舷前部の損傷状況 ２" border="0" width="360" height="237" /></a><br />･ コンテナ船「カリナ・スター」の右舷前部の損傷状況（二枚）<br /><br /><br /><span style="font-size:large;">　<br />　去る１０月２７日の１９５６ｉ頃、關門海峽の最狹部である早鞆瀬戸･關門大橋の東方約２００ｍ附近に於いて、海上自衛隊の護衛艦「くらま」（基準排水量：５２００ton）と韓國船籍のコンテナ船「カリナ・スター」（滿載排水量：７４０１ton）とが衝突事故を起こし、雙方とも火災を起こした。<br />　事故當時の現場海域の状況は、風は弱く、視界３～４ｋｍ、波は殆ど無い状態であり、潮流は弱い西流であつたと傳へられる。殊更に危險な状況であつたとは、到底思はれない海象である。<br /><br />　「カリナ・スター」の火災は間も無く鎭火したが、「くらま」の火災はなかなか消火出來ず、翌２８日の０６３０ｉに至つて漸く完全に鎭火が確認された。<br /><br />　「くらま」は艦首部分が艦番號の記された邊りまで烈しく破壞され、眞紅の&#28976;を上げて延々と燃え續けた。艦首は深く抉られ、舳先部分の甲板部は僅かに下に垂れ下がつた形で、やや右舷側に曲がつてゐる。<br />　一方の「カリナ・スター」は、右舷前部側に「くらま」の艦首が食ひ込んだやうな形でＶ字形の破口が生じ、破口附近及びコンテナの一部に火災で焦げた痕が見られる。<br /><br /><br />　此の海難事故に關して、またぞろ例の如くに「自稱」｢他稱｣それぞれに『專門家』やら『評論家』がぞろぞろと出て來て色々言つてゐるが、其の中には相當に「出鱈目」な解説も多々含まれてゐる上に、海事法規に就いては皆目無知な癖に、此れも例の如く感情的で道理に合はない海自に對する批判批難も少なくない。<br />　そこで、嘗て海上自衞官として海上勤務を經驗し、艦乘りの一人として海事に携はつた私自身の知識と經驗から、當該衝突事故の注目點と、其等から推定される事象に就いて、縷々記してみたいと思ふ。<br /><br /><br />　私も潜水艦の航海指揮官補佐として、また護衞艦乘組みだつた頃には前部指揮官補佐として、幾度もあの關門海峽航路を通峽した經驗が有るが、運航と操艦が極めて難しい、來島海峽と並んで日本でも指折りの海上の難所である。<br /><br />　航路は何度も大きく灣曲し、潮流は複雑で、更に可航幅は狹く、通航船舶は極めて多い。<br />　そして浦賀水道などでは「速力は１２ノツト」と定められてゐるが、關門海峽航路に就いては「潮流を溯り早鞆瀬戸を航行しやうとする汽船は、潮流の速度を超えて３ノツト以上の速度を保たなければならない」と定められてゐるだけで、各艦船の速力がまちまちであり、追越し･追越されも少なくない。<br />　加へて、門司港･下關港･戸畑港等からの出港船･入港船が航路帯を出入りしたり、門司と下關を結ぶフエリーが屡々航路を横斷したりする。そして、此の關門フエリーの航路は、東航時には早鞆瀬戸の最狹部を抜けて直ぐに當方と航路が交差するのだ。<br />　そのため、艦船の運航には極めて經を磨り減らすところである。<br /><br />　其の上、航路の距離は長く、此れを抜けるのにはかなりの時間が掛かる。呉を朝八時頃出港すると、關門東口附近で日没となり、また潮流の状況に依つては「潮待ち」をせねばならぬ場合も有るので、勢ひ通峽は夜間となる場合が殆どである。概ね十九時頃航路に入ると、無事に六連島沖まで抜け切る頃には二十三時位であつた覺えが有る。故に、常に緊張を強いられた状態で注意力を持續させる必要が有り、此處での通峽は集中力だけでなく持久力も必要とされる。<br /><br /><br />　では最初に、適用される海上法規に就いて見てみやう。<br /><br />　一般の海上に於ける艦船同士の海上交通の安全に就いては、第一義的には、國際海洋法規に準據して定められた日本の國内法である、「海上衝突豫防法」（昭和五十二年法律第六十二號）が適用される。<br /><br />　一方で、通常は各狹水道･海峽の通航に關しては「海上交通安全法」（昭和四十七年七月三日法律第百十五號）が適用されるのだが、各狹水道･海峽や特定港灣の出入りに關しては「海上交通安全法」の適用されるのは、「 この法律は、船舶交通がふくそうする海域における船舶交通について、特別の交通方法を定めるとともに、その危険を防止するための規制を行なうことにより、船舶交通の安全を図ることを目的とする。」（第一条）だと定められつつも、其の同條第二項で「２ 　この法律は、東京湾、伊勢湾（伊勢湾の湾口に接する海域及び三河湾のうち伊勢湾に接する海域を含む。）及び瀬戸内海のうち次の各号に掲げる海域以外の海域に適用するものとし、これらの海域と他の海域（次の各号に掲げる海域を除く。）との境界は、政令で定める。」とされて居る事から、此の「海上交通安全法」が適用される水道は、浦賀水道航路･中ノ瀬航路・伊良湖水道航路・明石海峽航路･備讃瀬戸東航路・宇高東航路･宇高西航路･備讃瀬戸北航路･備讃瀬戸南航路･水島航路･來島海峽航路の１１航路に限られる。<br /><br />　つまり、此れ程までに船舶の通航が輻輳し且つ潮流も激しく複雑な、斯くも運航が極めて困難な航路でありながら、關門海峽航路自體の通航に關しては「海上交通安全法」ではなく、基本的には「海上衝突豫防法」が適用されるのであり、そして其れに加へて『關門港』の一部として「港則法」（昭和二十三年七月十五日法律第百七十四號、施行濟み最終改正：平成一八年六月一四日法律第六八號）が適用されるのである。又、海保が關門航路の通航に就いて「特定航法」を定めてゐる。<br />　但し、「海上衝突豫防法」で何よりも重視されてゐるのは『海員の常務』であつて、航路帯の通航に關しての「心構へ」としては、「海上交通安全法」に準據した｢運航の安全｣を意識する事が求められるのは無論の事である。<br /><br /><br />　「港則法」では「航路及び航法」に就いて、其の第三章で定めてゐる。關聯條文は次の通りである。<br /><br />･ 第十二条（航路） 　雑種船以外の船舶は、特定港に出入し、又は特定港を通過するには、国土交通省令の定める航路（以下第三十七条までにおいて単に「航路」という。）によらなければならない。但し、海難を避けようとする場合その他やむを得ない事由のある場合は、この限りでない。 <br /><br />･ 第十四条（航法） 　航路外から航路に入り、又は航路から航路外に出ようとする船舶は、航路を航行する他の船舶の進路を避けなければならない。 <br />　２ 　船舶は、航路内においては、並列して航行してはならない。 <br />　３ 　船舶は、航路内において、他の船舶と行き会うときは、右側を航行しなければならない。 <br />　４ 　船舶は、航路内においては、他の船舶を追い越してはならない。 <br /><br />　又、「関門海域における特定航法」中の（４）「関門航路での追い越し」として、【関門航路における追い越しについては、港則法施行規則第３９条第２項において、「港則法施行規則第２７条の２第１項および第２項の規定は、関門航路において、船舶（同条第２項を準用する場合にあっては、汽船）が他の船舶を追い越そうとする場合に準用する」<br />と規定されています。】と指導が出されてゐる。<br /><br />･ 港則法施行規則第２７条の２<br />１　船舶は、東京西航路において周囲の状況を考慮し、次各号のいずれにも該当する場合には、他の船舶を追い越すことができる。<br />　一　当該他の船舶が自船を安全に通過させるための動作をとることを必要としないとき。<br />　二　自船以外の船舶の針路を安全に避けられるとき。<br />２　前項の規定により汽船が他の船舶の右げん側を航行して追い越そうとするときは、汽笛またはサイレンをもって長音一回に引き続いて短音一回を、その左げん側を航行して追い越そうとするときは、長音一回に引き続いて短音二回を吹き鳴らさなければならない。<br /> 　この規定に基づき他船を追い越す場合は、次に示す関門海峡における航行環境を把握のうえ、十分に留意して追い越す必要がある。<br /><br />※ 「関門海域における特定航法・（４）関門航路での追い越し」<br />　　　（ http://www6.kaiho.mlit.go.jp/moji/linkpage/anzenunkou/1-4.htm ）<br /><br />　事故の際には雙方ともそれぞれ、「くらま」は横須賀から定繋港である佐世保へと歸投する為に瀬戸内側から玄界灘方面へ西航し、「カリナ・スター」は釜山から大阪へと向ふ爲に逆に玄界灘側から瀬戸内方面へと東航してゐた。此れは即ち、「港則法」の定義に遵ふのならば、どちらもが関門港に入港する目的を持たずに「關門海峽航路」を航行してゐたのであつて、雙方共が航路帯に沿つて航行する義務を有してゐた筈である。<br />　つまり、今回の事案に就いて、「海上衝突豫防法」上でも「港則法」でも、其の責務に關して雙方は對等な關係に在る。<br />　尚、因みに「くらま」は全長１５９ｍ、對する「カリナ・スター」は全長１２７ｍであり、假に海上交通安全法を準用したとしても、いづれも同法に定義される「巨大船」（長さ二百メートル以上の船舶）には當たらない。<br /><br /><br />　其處で極めて注目すべき點は、此のコンテナ船「カリナ・スター」が「右舷前部に損傷」と云ふ事である。<br /><br />　「海上衝突豫防法」では、第十四條（行会い船）で「二隻の動力船が真向かい又はほとんど真向かいに行き会う場合において衝突するおそれがあるときは、各動力船は、互いに他の動力船の左げん側を通過することができるようにそれぞれ針路を右に転じなければならない。」と定められてゐる。<br />　また「港則法」では第十四條･第三項の規定に於いて、「船舶は、航路内において、他の船舶と行き会うときは、右側を航行しなければならない。」とされてゐる。<br /><br />　加ふるに、世界中の何處であつても、海上では日本國内の陸上交通とは逆に「右側通航」が基本中の基本なのであり、行き違ふ時には互ひに相手艦船を左舷側に見るやうにしなければならない。<br /><br />　「くらま」は其の損傷の状況から、艦首からほぼ眞直ぐに相手に突込んだものとみられる一方で、「カリナ・スター」が「右舷前部側に損傷を受けてゐる」と云ふ事は、「カリナ・スター」の側が航路帯を「對向車線側」にへはみ出したと考へるより他に無い。<br />　そして、目の前に突込んで來られた「くらま」は、回避の爲に法規に定められた如く右に針路を變更しやうにも、右舷側には陸地や淺瀬が迫つてゐて右轉は出來ず、かと云つて行き脚（對水速力）を急に落としたのならば、後方から續航して來てゐたであらう同航船に追突される虞が極めて高く、そして此の狹隘で交通量の極めて多い航路に在つては、一つの追突が多重衝突事故を惹起するのは想像に難くない。其れがために、已む無くして艦首から「カリナ・スター」の右舷前部に突込んでしまつたもの、と推定される。<br /><br /><br />　今回の衝突事故を、もしも自動車の運轉に例へたならば、次のやうな事とならう。<br /><br />　道は狹目の片側二車線で、一本道で交通量の多い峠越えの幹線道路。其の前後には町へと續く道との交叉點が幾つも點在してゐる。道の兩側には崖が迫つた切り通し道であり、その峠の最上部附近は道幅が更に狹まつてゐる。そして峠の頂き附近は、此方から見ると左へと曲がるかなり深いカーブとなつてゐる。此の道は夜間ではあつても通行量が多く、此方の車線も對向車線も車や二輪車が途切れ無くひつ切り無しに走つて居る。自分の前や後ろにも何臺もの車が續いてゐる。<br /><br />　そこを、大型軍用車輛である當方が眼の前の左カーブに差し掛かりかけたところを、對向車線を走つてゐた大型トラツクを、それよりも少し小さめではあるが此れも大型車であるコンテナ車が車線をはみ出し掛けて追越しを掛けて來て居り、其のコンテナ車が眼の前の車線を塞いだ･･･。<br />　左は崖が聳えるが、右にハンドルを切れば對向車線の後續車と衝突する虞が有るので咄嗟に左にハンドルを切らうとしつつ、後ろの後續車を考へて一瞬躊躇したものの急いでブレーキを掛けたが間に合はず、此方はほぼ正面から相手車の「左前側面」に突込む形で衝突してしまつた。<br />　そして、彼我雙方共に炎上。相手は内裝と積荷の一部が燒けたものの初期消火で間も無く鎭火したが、當方はエンジン部に火が入り、激しく炎上して消火には非常に手間取つた。<br /><br />　此のやうな状況であつたらう。<br /><br /><br />　更に付け加へるのならば、「くらま」の主機は「蒸氣タービン機關」であつた事が、行き脚を落とすのに不利であつた理由の一つとして舉げられやう。因みに、現在も未だ現役に殘つてゐる海自の蒸氣タービン艦は、「ひえい」「しらね」「くらま」の三隻（いづれもヘリ三機搭載型護衞艦［DDH］）を殘すのみである。<br />　現在の海自護衞艦で主流となつてゐるガスタービン艦では、或る程度以下の速力では、軸回轉數を落とすのではなくてスクリユー･プロペラの翼の角度を變へて推進力を落とす。そして「後進」を掛ける場合には、軸を逆回轉させるのではなく、「翼角度」を逆向きにしてしまふのである。そして、此等の軸回轉數と翼角度との細かい調整は電算機システムで全自動で調整されるので、原速：１２ノツトの航行から後進一杯を掛けるのには、スロツトルを一氣に「後進一杯」に倒せば、一分そこそこで推進器は「後進」に切り替はる。<br />　だが、蒸氣タービン艦では、豫め「後進タービン」を準備して置いて、一旦軸回轉數を落とした上で後進タービンにクラツチを繋ぎ替へ、軸を逆回轉させなければならない。これには、だうしても數分を要する。また其のため、後進を使用する事が豫想される場合には、予め後進タービンの運轉を準備して置く（「後進用意」の令に依る）必要が有る。但し、今回のやうに狹水道等を通過する場合は「航海保安部署」が發動されるので、當然「後進タービン」は準備されてゐたであらう。<br />　因みにヂーゼル艦でも、通常は４基搭載されてゐる主ヂーゼル機關の内、「後進用意」で２基を「逆轉」で起動して置いて、軸回轉數が落ちてから「後進」へとクラツチ（液體繼手）を繋ぎ替えねば、後進は出來ない。<br /><br /><br />　此れも亦、注目する必要が有ると思はれる重要な點は、「カリナ・スター」が第三の船舶を追越さうとして航路を左に出てしまつたと云ふ、「カリナ・スター」船長の証言に就いてである。<br /><br />　「海上衝突豫防法」では、狹水道通航時には「安全であり、かつ、実行に適する限り、狭い水道等の右側端に寄つて航行しなければならない」（第九條）とされ、他船舶を追い越す場合に就いては「追越し船は、この法律の他の規定にかかわらず、追い越される船舶を確実に追い越し、かつ、その船舶から十分に遠ざかるまでその船舶の進路を避けなければならない」（第十三條）と定められてゐる。<br />　尚、 「港則法」の第十四條・第三項条では「船舶は、航路内において、他の船舶と行き会うときは、右側を航行しなければならない。」とされ、更には第四項では「船舶は、航路内においては、他の船舶を追い越してはならない。」とされてゐる。但し、此處の「港則法」の條文は、基本的には港での出入港の航路に關する規定である。<br /><br />　今回の事故では、相手の「カリナ・スター」は關門港には入港せずに關門海峡を通過しやうと航路帯を東航してゐる過程で第三の船舶を追越さうとしてゐた模樣であるから、此等の内の「海上衝突豫防法」第九條の規定が適用される筈である。<br /><br /><br />　それにつけても、何とも不審であるのは、何故、陸岸同士の間の幅でも６００ｍ弱、大型船舶が通航可能な幅は更に狹隘である「水道最狹部」などで、態々「追越し」などをしたのか、と云ふ事である。<br />　「カリナ・スター」側は、「右舷側を追越さうとしたが、海保（關門マーチス：關門海峽海上交通センター）から左舷側を追越すやう指示された」と稱してゐるが、此れは實はもつと早い時機のまだもつと廣い海面を航行してゐた時機に受けた指示を、追越す「カリナスター」と被追越し船の雙方の速力差の具合等に因つて、追越しが折惡しく最狹部に掛かつてしまつたのを、自船の「責任逃れ」の爲に海保の指示の所爲にしてゐるのではないのか。<br />　少なくとも、最も危險性の高い最狹部附近に於いて、まさか大型船が大型船を追越すだなどと云ふ無茶な事が起きやうとは、さしもの關門マーチス（關門海峽海上交通センター）も到底考へが及ばなかつたであらう事は、想像に難くない。<br /><br />　尤も、今回は「あの場所」でああ云ふ無理な追越しをやらかしたのが問題だつたのである。どちら舷側を追越すかに就いては、雙方共にそれぞれ理は有るのである。<br />　もしも相手が喫水の淺い小型貨物船であつたのならば、「左追越し」の汽笛信號を送つて相手船を航路帯のぎりぎり右に寄らせて、相手船の左舷側を追越すと云ふ事は有り得るのであつて、此れは解かる。基本的には、艦船が水道等を通る場合には、喫水と水深・淺瀬等の存在とを考慮しつつ、「狭い水道又は航路筋をこれに沿つて航行する船舶は、安全であり、かつ、実行に適する限り、狭い水道等の右側端に寄つて航行しなければならない。（海上衝突予防法･第九条）」とされてゐるであるから、「左側を追越す」と云ふ事自體は、何ら無理な事でも不自然な事でも無い。<br />　しかし、此の場合に在つては、第三の船舶＝貨物船「クヰーン・オーキツド」（パナマ船籍）は滿載排水量９０４６ｔｏｎもあり、「カリナ・スター」より一廻りか二廻りも巨きな船であつたのであるから、それより小さな「カリナ・スター」が右側から追越さうとしたのも、此れまた無理は無いとも謂へやう。<br /><br /><br />　だがそれにしても、あの難所中の難所である早鞆瀬戸の最狹部に於いて、此のやうないづれもかなり大きな大型船が追越し追越されるなど、常識的には到底考へられぬ事であるやうに思はれる。<br />　あの邊りは見通しが惡く、可航幅が極めて狹いのみならず、只でさへ潮流が強い上に最狹部の東西は其の潮流の反流が入り組み、潮流が複雑に變化する場所なのである。<br /><br /><br />　然も、先に舉げた「関門海域における特定航法・（４）関門航路での追い越し」でも、『早鞆瀬戸の航行環境』に就いては次のやうな注意事項が舉げられてゐるのだ。 <br /><br />・西流時に和布刈沖の歪潮を利用している東航小型船の停留と航路中央への押し出し現象 <br />　西流時に門司側に接近し、歪潮を利用して航行する船舶は門司埼付近で西流に突入し、 船首を急に左転することがある。<br />　左げんに航路内を航行している船舶がいる場合には非常に危険である。 <br />　これらの船舶は、門司埼までは潮流に乗るので航路航行船舶を追い越すような関係にあることが多く、 追い越すと思うと門司埼付近で急に速力を落とし中には停留・後退する船舶もあり異常接近することがある。 <br />　この時、船首を潮流にたたかれ急に左転することがあるので著しく危険である。 <br />・無理な追い越しは行わないこと。 <br /><br /><br />　そして記事中には記されてゐないが、追越しの音響信號は果たしてきちんと行はれてゐたのだらうか。<br /><br />　海の上では、自動車に於けるウヰンカーやバツクランプ等の役割は、汽笛に依る音響信號で行ふ。此處で謂ふ「短音」は約１秒間、「長音」は約３秒間、「長々音」は概ね５～６秒以上である。<br />　そして、右轉は汽笛短音一聲、左轉は短音二聲、後進は短音三聲で示される。<br />　海上衝突予防法に規定される、右側からの追越し信號は長一聲に續く短一聲であり、左側からの追越しは長一聲に續く短二聲である。<br />　また、相手が動向が不審であり、當方の存在に氣付いてゐるのか不明な場合には、「注意喚起信號」として汽笛長々音一聲を吹鳴し、更に相手が海上交通法規に則つた回避行動をしてゐると認められなかつたり、不規則な針路速力の變更を其れを行ふべからざる海域で繰り返してゐる場合などは、「疑問信號」である短五聲以上（通常は短六聲で行はれる。「なんだなんだ」と覺えさせられた）を汽笛吹鳴する。尚、此の「疑問信號」は探照灯の五回以上の點滅を以て代える事が出來る。<br /><br /><br />　今回、「くらま」では前部員に退避命令を傳へるべく汽笛吹鳴は行わなかつたと報道されてゐるが、此の状況では恐らく「注意喚起信號」を實施する暇は無かつたであらうから、探照灯五回以上點滅に依る「疑問信號」を行つた上で、「後進」を使用して行き脚を止める事を艦長が決意した後に、恐らくは汽笛短三聲に依る後進信號を發したものとみられる。<br /><br />　其の直後の「くらま」艦内では「大型貨物船と衝突する。衝撃に備へ」の艦内マイクが入れられ、ほぼ其れと時を同じくして「カリナ・スター」と衝突、直ちに「海難對處部署」及び「防水部署」が發令され、そして艦首部に上がる炎を目にするや「防火部署」も發令されたのであらう。<br />　關門海峽通峽で既に「航海保安部署」でほぼ總員が部署に配置されてゐたであらう上に、斯樣に矢継ぎ早にいづれも總員部署である部署が發動され、一時的に艦内は相當に喧騒に包まれた事と思はれる。<br /><br />　尤も、「航海保安部署」では前部員は前部指揮官（通常、砲術長が就く）及び前部指揮官補佐（通常、水雷士若しくは砲術士が就く）の二名の士官が配置されて居るのであるから、敢て汽笛信號を控へてまでして「退避」を艦内マイクで指示せずとも、前部指揮官の現場の判斷で前部員の艦首部からの退避は行はれてゐたものと思ふ。今回の事故直前の状況に於いて、もしも假に私が艦長であつたのならば、躊躇無く汽笛に依る「疑問信號」を實施してゐたであらう。<br /><br /><br />※　「海上衝突豫防法」關聯條文<br /><br />（狭い水道等）<br />第九条 　狭い水道又は航路筋（以下「狭い水道等」という。）をこれに沿つて航行する船舶は、安全であり、かつ、実行に適する限り、狭い水道等の右側端に寄つて航行しなければならない。ただし、次条第二項の規定の適用がある場合は、この限りでない。<br />２ 　航行中の動力船（漁ろうに従事している船舶を除く。次条第六項及び第十八条第一項において同じ。）は、狭い水道等において帆船の進路を避けなければならない。ただし、この規定は、帆船が狭い水道等の内側でなければ安全に航行することができない動力船の通航を妨げることができることとするものではない。<br />３ 　航行中の船舶（漁ろうに従事している船舶を除く。次条第七項において同じ。）は、狭い水道等において漁ろうに従事している船舶の進路を避けなければならない。ただし、この規定は、漁ろうに従事している船舶が狭い水道等の内側を航行している他の船舶の通航を妨げることができることとするものではない。<br />４ 　第十三条第二項又は第三項の規定による追越し船は、狭い水道等において、追い越される船舶が自船を安全に通過させるための動作をとらなければこれを追い越すことができない場合は、汽笛信号を行うことにより追越しの意図を示さなければならない。この場合において、当該追い越される船舶は、その意図に同意したときは、汽笛信号を行うことによりそれを示し、かつ、当該追越し船を安全に通過させるための動作をとらなければならない。<br /><br />（追越し船）<br />第十三条 　追越し船は、この法律の他の規定にかかわらず、追い越される船舶を確実に追い越し、かつ、その船舶から十分に遠ざかるまでその船舶の進路を避けなければならない。<br />２ 　船舶の正横後二十二度三十分を超える後方の位置（夜間にあつては、その船舶の第二十一条第二項に規定するげん燈のいずれをも見ることができない位置）からその船舶を追い越す船舶は、追越し船とする。<br />３ 　船舶は、自船が追越し船であるかどうかを確かめることができない場合は、追越し船であると判断しなければならない。<br /><br /><br />　では最後に、何故「くらま」の火事があんなにも大火災となつてしまつたかに就いて、御説明したい。<br /><br />　護衞艦の艦首部には、「運用科倉庫」が設けられてゐるのが通例である。運用科倉庫とは、「運用科」つまり甲板作業關係の部材である各種策具（ロープ）類や、艦體整備に必要な諸々なものが収められてゐる。<br />　そして、艦の「御化粧」の爲に必要な塗料類や、それら塗料を薄める有機溶劑などが多く収められてゐる。<br /><br />　今回、殊にもまことに運が惡かつたと考へられるのは、観艦式の直後の時機であつたと云ふ事である。<br />　観艦式に向けて、各艦は「艦の威容を保つ」べく、「全塗裝」と稱して極めて丹念に艦體全體を隅々まで綺麗に塗り上げる。況してや今回の観艦式に於いて、「くらま」は観閲部隊の旗艦として菅某を筆頭に多くのＶＩＰを迎へるべく、念にも念を入れて艦の内外を整備塗裝したのは間違ひ無い。其のため、普段よりもより多くの塗料類や有機溶劑等が搭載されてゐたのであらうと推測する。無論、此等は「よく燃える可燃物」である。<br />　更に、ＶＩＰを迎へる爲に用意された「赤絨毯」や艦橋周圍を覆ふ眞更なキヤンバス、そして見学客用に用意された大量の毛布等も（無論、此等も「可燃物」）、或ひは此の運用科倉庫に収められてゐたのであらう。<br />　これだけ「よく燃えるもの」がしこたま搭載されてゐれば、あれ程によく燃え盛つたのも、謂はば「理の當然」だとも謂へやう。<br /><br />　だからこそ「自衞艦」と云ふものは、いざ實戰を控へた際には、艦内の可燃物は皆、最低限必要なもの（暗号書などの重要書類や防水作業に必要な角材類、また最低限の寝具など）のみを殘して、書類もカーテンも絨毯も全て陸揚げして置いて行くのみならず、艦内各所の壁や天井や滑り止め以外の床の塗料すらも剥ぎ落とす事とされてゐるのである。<br /><br />　發火の原因としては「電氣系統からの火花」が舉げられてゐるが、自衞艦の艦内とは電纜と海水管･眞水管が人體の血管の如く隅々にまで巡らされてゐるものである。電纜斷裂によるスパークは火災原因として十分に有り得るが、「鋼鐵の塊同志が激突し、激しく擦れ合つた」のであるから、その事でも火花は生じてもおかしくは無からう。<br />　此れに關しては、海上保安廰そして海難審判廰に依る、今後の詳細な調査と捜査を俟つより他に無い。<br /><br /><br />　因みに、今回の事故で「くらま」が艦首から突込んだのは、まだしも「不幸中の幸ひ」であつたと考へる。<br /><br />　艦前部の五吋砲の彈藥庫の事を心配してゐる向きも有つたが、此れは「杞憂」である。<br />　砲彈の彈藥と云ふものは極めて安定したものであり、少し熱せられた程度で容易に誘爆などするものではない。また、いざ本當に彈藥庫の温度が上昇したのならば、誘爆防止の爲に直ぐに注水する事が出來るやうになつてゐる。<br /><br />　最も怖ろしいのは、から土手つ腹に突込んで來られた場合である。<br />　から艦中央部附近の機關部に突込まれたなら、此の事の方が遙かに大變な事となり兼ねない。<br />　「くらま」をはじめとする蒸氣タービン艦は、蒸氣壓６０ｋｇ／平方センチ･温度４８０℃の高壓飽和蒸氣を發生させ充滿させてゐる「ボイラ」を積んでゐる。もしも、此のボイラが破壞されたのなら･･･場合に據つては「水蒸氣爆發」を起こして、一瞬にして艦體が眞二つに折れて轟沈してしまひ兼ねないやうな、極めて大きな危險性が有る。<br />　爆藥よりも眞に怖ろしいのは、寧ろガソリンであり高壓蒸氣なのである。<br /><br />　其れに比べれば、常に波を切りうねりを乘り越えるべく造られてゐる艦首部は、かなり頑丈な構造となつてゐる。ＴＶで「艦首部は弱い」などと云ふてゐた『專門家』が居たが、あれは大嘘である。<br />　波浪の力と云ふものの威力は物凄いものである。護衞艦の砲塔の前には、低い（高さは概ね４０ｃｍ程度か）鋼鉄製の「ブルワーク」と稱する波除けがあるが、あれでもまともに「青波」（空気の混ざつた「白波」や波頭ではなく、海水の塊が押し寄せる）を喰らつてしまふと、頑丈な鋼鉄製のものであるのにも關はらず、往々にして溶けた飴の如くクンニヤリと曲がつてしまひ、「入港後直ちに、艦船造修補給所を經由して造船所の職工さんを呼び、臨時修理」と云ふ破目になるものである。それに恒常的に耐え得るべく作られた艦首部は、決して艦の中で「脆弱な部分」などではない。<br />　どうしても衝突が避けられないと判斷されるのであれば、どちらかの船腹をぶち破つて沈没の危險に曝すよりかは、寧ろ互ひの艦首（船首）同士でぶつかつてしまふ方がましであると、私が若い新品少尉だつた頃に聞かされたやうな覺えも有る。<br /><br /><br />　それにしても、今回の衝突事故は現在までに知り得た情報を見る限り、此れを要するに、護衞艦「くらま」としては『此方からは何とも避け難い（或ひは「避け得ない」）、寔に不幸な”貰ひ事故”』であつた可能性が極めて高いものと推測する。<br /><br />　そして、「くらま」のあの艦首の酷い破壞されやうは實に痛々しく、また復舊には相當な手間と時間を要するであらうが、人的被害が極く輕傷のもの六名のみで濟んだのは、兎にも角にも此れは「不幸中の幸ひ」であつたものと考へる。<br />　<br />（了）<br /></span><br />　 ]]>
</content:encoded>
<dc:subject>海軍文化</dc:subject>
<dc:date>2009-10-29T22:52:07+09:00</dc:date>
<dc:creator>久左衞門</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
</item>
</rdf:RDF>